宮崎産業経営大学



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池上和文

近影

 

プロフィール

明治大学大学院法学研究科修了。法学修士。公立学校教員生活を経て、2014年4月から現職。高等学校教諭・県教委指導主事・教頭・校長の経験をベースに教員養成教育に取り組む。2016年から教員養成センター長。

 

担当科目

教育原理、憲政史、生徒指導論、学校経営学、社会科・公民科教育法

 

ゼミナールテーマ

諸般の事由からゼミナールは担当していないが、教職志望の学生に対して専門的な指導に努めている。

 

学生へのメッセージ

大学時代を如何に過ごすかは、今後の人生を大きく決定すると言える。社会は日々激しく変化し、今や予測困難な時代を迎えている。過去から現在へと継承されてきた社会は、未来へと引き継いでいかなければならないものであって、決して今を生きる私たちだけのものではない。先人の叡智に深く学んで、人間としての豊かさを養い、自己の使命を自覚すること。それが大学生活の課題である。日々の研鑽を怠らずに果敢に挑戦して欲しい。

 

その他(顧問等)

柔道部部長

 

 

中村勘三郎はアスリート?

 歌舞伎界の至宝であった中村勘三郎が亡くなった時、ある作家が、彼の足の筋肉はアスリート並に硬かったと回顧談で述べていたのを鮮明に記憶しています。この話を聞いて、私は、勘三郎のあの迫真の演技の淵源を見た思いがしました。歌舞伎の基礎は踊りにあるといわれます。先代勘三郎が息子勘九郎(当時)に対していかに厳しい稽古を強いたかはよく知られていますが、一方でその稽古にいかに耐え抜いたかを物語るのが勘三郎の足の筋肉であったということでしょう。 「天才とは1%の霊感と99%の努力である」とは、発明王エジソンの言葉としてあまりにも有名ですが、歌舞伎の世界においても決して例外ではなく、天才とまで言われる芸域に達するにはそれなりのひたむきな努力があったということを物語るエピソードです。

 

「守・破・離」は教育の方法

 この話はまた教育の要諦を示す絶好の例ではないでしょうか。教育の淵源も尚志努力と継承にあります。教育の使命は、努力することの意味と方法を具体的に教えることであるといえます。そこで忘れてはならないのが先人の「経験知」です。  古来、我が国の伝統文化である武道、芸道等においては、その奥義を極める道として「守・破・離」という言葉が語り継がれてきました。一般的には、「守」とは師の教えを忠実に守る段階、「破」とは自分なりに工夫してみる段階、「離」とは自分独自のやり方をも模索する段階と説明されます。最近では、学校教育においても、「守」が「習得」の段階、「破」が「活用」の段階、「離」が「探究」の段階と説明され、教育方法論として注目されるようになってきています。  勘三郎もまさに「守・破・離」の3段階を経て、不易のなかに流行を取り込んで自分なりの新しい歌舞伎の世界を構築したのです。アスリート並の足の筋肉が物語るように、いずれの段階でもそのプロセスを支えていたのはわれわれの想像を絶するほどの努力であったに違いありません。

 

先人の叡智に学ぶ

 何事も努力なしには成就しません。努力しても結果は必ずしも成功裡に終わらないかもしれません。しかし人は、自分を信じて努力する過程の中で、人生の機微を初め、生きてく上での多くを学ぶものなのです。故に教育は、惰弱を廃し、努力することの尊さを教えなければなりません。  遺憾ながら、現在我が国は国民としてのアイデンティティが極めて希薄です。原因の一つは自信と誇りをもてるような歴史観が共有されていないことにあると言えますが、前述した「守・破・離」という考え方が示すように、先人たちが掛け替えのない一生を通じて蓄積した「経験知」は、我々の行く手を照らす「叡智」として継承されねばならないと思います。
(以上「明治大学教育会紀要 第5号」より抜粋し加筆修正のうえ転載。)

 

不易と流行

 私は現在、日本教育学会及び九州法学会に所属し、明治大学を母校とする現職教師と退職教師、そして教職を志す現役学生で構成する明治大学教育会の副会長として大学の教職課程に関する情報を交換しながら教員養成に努めています。将来は宮崎産業経営大学にも同様の組織が結成され、教育に関する不易と流行について議論し、継承していくべき「経験知」について検証できる場が設定されることを強く望んでいます。勿論、実現に向けて自分なりに相応の努力をしたいと思っています。
高校生のみなさん、宮崎産業経営大学で共に教職への道を目ざしましょう。
皆さんの入学を心から期待しています。

 

学びについて

在学生用

学校法人 大淀学園

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